朝食は一日で一番重要な食事だとよく言われる。これは本当なのだろうか?
内外の情報を集めて見ると、この常識は考え直す必要があるのではないかとの疑念が生じてきた。
ひとつのきっかけとなったのは修猷のライバル校福岡高校の同期生でもある、大隅良典教授の2016年ノーベル賞受賞である。

ノーベル賞と朝食とどんな関係があるのか?

上記を説明する前に「朝食は一日で一番重要な食事」という概念を簡単におさらいしておこう。
面白いことにこれに一番熱心なのはお役所である。 例えば農林水産省は「朝食が大事なワケ」と題してコラムを掲載している。

1.朝食は一日のはじめの大事なスイッチ  朝食を食べないとからだは動いても頭はぼんやりということになりがち。

2.リズムよく生活して健やかに!     体内リズムと生活リズムとのズレをなくすには朝食をしっかりとることが大切。

朝食の重要性を強調しているのは文科省も同様である。文科省らしく児童への朝食重要性教育の必要性について力説しているが、同省の統計によれば大人の朝食の欠食率は未だ高い水準にあり働き盛りの40代の朝食欠食率は(古いデータだが)平成19年度でも17.9%と高い水準にあると問題視している。

いっぽう我々と同世代の70歳代の朝食欠食率はわずか3.4%であり、老人ほど「規則正しい」生活を送っていることが分かる。

一方健康を司る厚生労働省も同様な調査結果を発表しており、平成27年度の調査結果によれば朝食の欠食率は男性14.3%、女性10.1%であり、男性は30歳代、女性は20歳代で最も高くそれぞれ25.6%、25.3%と高止まりをしていると問題視している。

朝食が重要だと言っているのは日本の役所だけではない。米国の女性栄養学者le Adel Davisは1960年代に、一日の食事の摂り方について “Eat breakfast like a king, lunch like a prince and dinner like a pauper.” と言った。 Pauperとは乞食の意味で、要するに朝食をしっかり食べ、夕食は最小に済ますのが大事だという訳である。事実Davisは1960年代で米国で最も著名な栄養学者でありニューヨークタイムズや、「ライフ」で最も影響力のあるOracle(神のお告げを伝えるもの)と称されていた。 今でも朝食は重要だと考えられているようで、偶に欧米の一流ホテルに宿泊したりすると朝食メニューの豪華さに感激する。そして改めて最初の言葉「朝食は一日で一番重要な食事」という言葉を実感する。

ところが、その欧米で大隅教授が注目されていることをご存じだろうか? ネットサーフィンをしていてDr. Yoshinori Ohsumi, 2016 Nobel Prize Winner!というフレイズをどれほど聞いただろうか。私がネットサーチをしている領域が偶々大隅教授の研究分野と交差したということもあるだろうが大隅教授は日本よりむしろ海外での注目度の方が高いのではないかとの印象だ。 日本では受賞当時は注目度も高くテレビなどにもしばしば登場し、その真面目で飾らない人柄なども伝えられていたが、最近では露出度も少なくなり、教授の研究テーマである「オートファジー」についてもあまり報道されず、一般の関心度も低下気味のように思われる。

実はこの「オートファジー」こそ朝食大事論に重大な挑戦状を突き付けている概念なのだ。 オートファジーは英語でAutophagyだが、Autoはギリシャ語の自分自身という意味、phagyは食べることとの意で、「自食」と云う意味となる。発音もauTophagyとToにアクセントが置かれ、これはnaitive speakerでも若干戸惑いがあるようだ。オートファジーを最初に定義したのはベルギーの科学者のクリスチャン・ド・デュープだが自身も1974年のノーベル賞を受賞しておりこの概念の重要性・注目度が分かる。

オートファジーを簡単に説明すると、細胞が持っている、自分自身の一部を分解して再利用するシステムのことで、あらゆる生物の細胞に共通した仕組みのひとつである。 細胞内のものでも、外から来たもの(細菌等)でも、不要とみなされたものは分解して再利用するため、オートファジーのことを「ゴミをリサイクルする機能」などと呼んでいる。 また細胞内での重要度が注目されているミトコンドリアに欠陥があると壊す役割も担っている。ミトコンドリアが傷つくと通常の10倍もの活性酸素を放出するため、既存の細胞の解毒システムでは対応出来なくなるが、そのような重大な欠陥を防ぐ為の安全装置としてオートファジーは機能しているのだ。このオートファジー機能は年齢とともに低下していくと云われており、異常のあるタンパク質やミトコンドリアを効率よく取り除けなくなると、細胞内のあちこちにダメージが蓄積され、ガン、アルツハイマー、パーキンソン等怖い病気の原因になるとも云われている。 またこれが消化器内で起こると、潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性の腸疾患を招く危険性がある。腸はヒトの免疫の重要な部分を担っていることからこれは重大な問題である。

反対に若し首尾よくオートファジー機能を活性化出来れば神経細胞のダメージによるアルツハイマー病、パーキンソン病といった病気の改善にも活用出来るだろう。また悪性腫瘍の遺伝子の傷を修復して腫瘍の発生を抑え、細胞を常に新鮮な状態に保つことで老化を防ぎ、寿命を延ばしたりすることも期待されている。ノーベル賞受賞後の報道を見ると一般の関心はこの機能を更に解明して新薬の発明に結び付ける可能性にあるようだ。確かにこの面でも今後面白い展開が期待出来る。 オートファジーは全世界的に見ても注目されている概念であり、大隅教授によると一年間の研究論文の数は2015年だけでも5000を超えているという。

オートファジーの仕組みと重要性が再認識されているのは、古来様々な地域、宗教等々で効用が説かれて実践されてきた断食(Fasting)との関連性である。断食でも長い本格的なものから朝食や、昼食だけを抜くプチ断食まで様々なものがあるが、最近とりわけ注目されているのが手軽にオートファジーのメリットを享受しうる、ミニ断食(Intermittent Fasting)である。断食によって栄養の供給が絶たれたとき、オートファジーが発動する。面白いことはここで成長ホルモン(HGH)が急激に分泌されると云われていることだ。 ある研究では通常の2000%も。断食をすると肌の色つやが良くなり、体重も減ると云われているがまさにこれも関係しているのだろう。但しオートファジーが発動される為には身体が飢餓状態である期間が一定時間続くことが肝要である。この為には肝臓に蓄えられたグリコーゲンが枯渇し、体内のインスリン値が十分に下がっていることが条件となるが、通常16時間から24時間を要すると云われている。ここで朝食が問題になる。前日午後8時に夕食を終えて16時間の経過を待つと次の食事はどうしても昼頃になってしまう。朝食が一番重要な食事だと言うものには甚だ都合が悪い。通常の時間に朝食を食べてしまうとFastingの時間が少なくなりすぎて、オートファジーの恩恵を十分に生かすことが出来ないのだ。

イスラム教徒はラマダンの期間に入ると日の出から日の入りまで断食に入る。夜明け前に起床してスフール(断食前の食事)に参加後、何も食べず、何も飲まない。これが太陽が沈むまで続く。マグリブ(日没)の時間が来た時に多くの教徒は甘く美味しいナツメヤシの実(デイツ)を食べて断食を終える。 断食の時間は世界の何処にいるかで大きな差があるが、Islam Cityというサイトで調べると一番短いのが(冬時間の)チリの先端で9時間40分、一番長いのがアイスランドで22時間、中東のイスタンブールで17時間強となっている。本家本元の中東では奇しくもオートファジーの最低必要時間とほぼ一致している。飲み物も禁止されているのでこれは断食の中でも一番きついドライファースティングということになる。水を一切飲まなくても水分は身体が合成して造りだすと云われておりオートファジー効果は最も高いと云われている。

以上主として断食・オートファジーの観点から朝食の意義を論じてきたが、読者の中には「体内時計」はどうなのか?という疑問を持っておられる方も多いと思う。所謂サーカディアンリズム論である。これには私も思い出がある。レーガン大統領が中国を訪問した際に時差調整の為に当時のNASAの最新研究を受けて朝食のタイミングを現地時間の朝に合わせたというのである。それを聞いてアメリカ出張の際にはわざわざ美味しいビジネスクラスの機内食を断って空腹のまま時差の調整に努めたことがある。またご丁寧にこれを同伴の先輩にも推奨した。これが奏功したかどうか確かな記憶は無いところを見るとやはり食事だけでは時差は解消出来なかったのだろう。しかし、この頃から既にこの説は一定の支持を得ていた事は確かだ。

一方このテーマを調べていて日本では「時間栄養学」という新しい学問が早稲田大学、女子栄養大学を中心に強力に展開されていることを知った。こちらの方は文科省はもとより朝食を推進することによってメリットを受けうる企業の協賛を得ているようで、記事にはスポンサーがつき勢いがある。更に中心命題である「体内時計」も2017年のノーベル生理学・医学賞を受賞したから、学問的な裏付けも十分そうに見える。

その時間栄養学の「権威」である柴田早稲田大学教授によれば朝食は末梢時計と呼ばれる体内時計をセットすることに関係しており、非常に重要な食事ということになる。主時計である体内時計の周期は一日24.5時間の周期で動いており、これを一日24時間の周期に合わせる為には毎日光と食事の刺激でリセットする必要があるというのである。

一方、この体内時計・朝食有用論については国立精神・神経医療研究センターの三島和夫博士が「朝食で体内時計リセットのウソー早寝早起き効果に疑問」と題して次のような反論を行っている。

「本当に朝ごはんも同調因子として働くのであれば、毎日朝ごはんを食べることで夜中に普段よりも早い時間帯から脳の温度(深部体温)が低下したり、催眠作用を持つメラトニンの分泌が始まるなどして、結果的に早寝早起きが楽になるはずである。ところが残念ながら、ごく最近欧州の研究グループがこの課題に取り組んだ結果、食事時刻を変えても体内時計の時刻を全く動かすことができなかった。つまり、早寝早起きをすれば朝ごはんを食べられるが、朝ごはんを食べたからといって体内時計が朝型になって早寝早起きが楽になるわけではないということである。 え? でも実際に朝ごはんを食べるようになってから子どもが早寝早起きできるようになったって。それは朝ごはんが体内時計に働きかけたのではなく、早寝早起きによって光の浴び方が変わったためだと思われる。毎日朝食を摂るように心がければそれまでよりも早起きをしなくてはならず、体内時計を朝型にする朝日をより多く浴びるようになる。 また早起きした分だけ早寝をするようになり体内時計を夜型にする夜間照明を浴びる時間も短くなる。結果的に、生体リズムの時刻が全体的に早まった結果、以前よりも早寝早起きが楽になったのだろう。」

要するに確かにサーカディアンリズムは存在するが食事は主たる調整要素ではない、朝起きたら出来るだけ長めに朝の光を浴び、就寝前はテレビ、スマホ、ブルーライト等睡眠攪乱要素を避けよ、ということである。

この朝食無用論を私の元の職場の後輩に話したら、理屈は分かったが、自分は腹が減ってとても朝食無しには耐えられないという。彼は未だにマスターズ出場の為結構きつい水泳練習をしており、朝食を抜いては必要な栄養素・カロリーを摂れないような気がすると言うのである。また一度に食べようとすると腹が減っているのでつい食べすぎになりその結果インスリンが一気に出てしまうのではないかと心配だというのである。 実は我が家でも問題がある。 私は理屈で考える方なので朝食を抜かしても平気だが家内は時々トーストにバターを塗りオムレツも食べたいと言う。自分だけが勝手に朝食を抜かし昼や、夜に沢山食べるとなると献立のメニューも違ってくる。勝手もいい加減にして欲しいと言う。

世界的に見ても、これはかなり普遍的な問題のようだ。アメリカや日本の栄養ガイドライン通り、カロリーの60%近くを炭水化物で摂るとまさに後輩の水泳選手が懸念したような状態に陥る。すなわち食事後血糖値が急上昇し、その後血糖値は基準値を下回ることになる。急激な眠気、集中力の欠如と共にグレリンの働きで猛烈な空腹感が襲ってくる。細胞への燃料給油が細くなり一層炭水化物を要求するようになる。次の食事では炭水化物への欲求が一層高まり血糖値上昇、急降下の悪循環を繰り返す。

一方今ミニ断食をするものの食事法は大半所謂ケトン体ダイエット(Ketgenic Diet又はLCHF)であるように思う。これは故ロバート・アトキンス博士が1970年代から提唱した低糖質ダイエットの発展型であり、今やFunctional Medicine(統合医療)と云われる最先端代替医療分野では標準的な食事法とされている。 アトキンスダイエットが肉を含むタンパク質摂取に関し比較的寛容であるのに対しケトン体ダイエットではタンパク質の摂取はほどほどに抑え、アメリカのガイドラインではマクガバン報告以来悪者とされてきた脂肪を全体カロリー摂取の60%近く摂るように指導している。私は2000年頃従弟がアトキンスダイエットでかなりの減量に成功したということを聞いて何と常識を無視した食事法だと真剣に従弟の健康を懸念したことがあったが、今から見ると隔世の感がある。このダイエットが一番普及しているのは北欧のスエーデンであり、それを提唱した女性医師を巡って裁判となった結果、司法も認める形でケトン体ダイエットに近いLCHF(Low Carb High Fat)が普及している。日本でも糖質制限ダイエットとして、京都高雄病院の江部医師等によって静かな成功を納めつつあるが日本糖尿病学会は未だ薬剤による治療を優先しており糖尿病患者数、透析患者数共に全く低下の傾向を見せていないのは誠に残念である。

ケトン体ダイエットであれば空腹時の血糖値は適度に低めに維持され空腹感が無く、朝食をスキップすることも容易である。今米国ではBredesen博士によるアルツハイマー病の終焉(the End of Alzheimer’s)という本がNYタイムズのベストセラーとなっているが、Bredesen博士がアルツハイマーを治療する食事法として推奨しているものもケトン体ダイエットとミニ断食との組み合わせである。ケトン体ダイエットは糖質を極力摂らないことによってそもそも断食状態を模倣(mimic)している訳だが、それが朝食をスキップするミニ断食によってダメ押し的に強化される。この頃人の名前が思い出せない(Senior Moment)ことが多くなった(実は私もそうである)と感じるならば、朝食を飛ばすことだけでなく、ケトン体ダイエットを取り入れることを真剣に検討すべきだろう。

長いこと続けてきた習慣を変えることは容易ではない。しかし考えて見よう。人類が地球上に出現してから約5百万年、その99%の期間人類は狩猟・採集の生活を続けてきた。収穫に恵まれることは稀で、勿論冷蔵庫も電子調理器もないから空腹状態が通常であり勿論定時に朝食を摂ることなどはなかった。

その間人類の遺伝子は全く変わっていない。これは最近のゲノム解析でも明らかである。又最近ヒトと共存するマイクロバイオームの存在がクローズアップされ、ヒトの細胞数を圧倒的に上回る数兆個の微生物が共生し重要な役割を果たしていることも明らかになった。すなわち、人間も共存する微生物も変わっていないのだ。一方朝食の習慣は様々な説があるが、トースターを発明したトーマス・エジソンが電気会社と組んで朝食を売り込んだとか、日本で云えば明暦の大火災の際に江戸復興の為に江戸にくれば3食のメシが食えるぞと地方の若者を呼び寄せたなどいずれにせよその歴史は極めて浅い。

大隅教授のノーベル賞受賞を奇貨として朝食が本当に必要なのかこの際考え直しては如何だろうか。朝食どころか昼食も飛ばして一日一食(One Meal A Day, OMAD)の方が更に良いとするものも急速に増えている。確かにこの方がAutophagyのメリットを確実に享受出来る。 タモリや、ビートたけしがOMADであることは良い。 彼らは「芸能人」だから。しかしオリンピック金メダリストの内村航平選手が一日一食主義だということは文科省にとっても不都合な真実であるに違いない。

( Dクラス 原 恒樹 )